2016年9月30日金曜日

11.プレゼン資料作るぜぃ!

 会社に戻ると1時前になっていた。
 よーし、やるか、とパソコンのロックを暗証番号で解除した途端に思い出す。ハモりの練習するんだった・・・。まずい、これはホントにまずい。マスターせずにカラオケに行った時の由香の反応はほとんどハズレなく予測できる。
「博志はやるって約束したでしょ!何で練習してこなかったの?私は約束破る人が一番嫌いなの知ってるでしょ!もう別れる!絶交!着信拒否!」
おー、おぞましい。今までも何度か小さなことでもめて復旧にものすごい労力を費やしたことを思い出す。ブルッと震えが起き、思わず両手で身体を抱きしめるポーズになる。
「小西さん、寒いんですか?風邪ですか?風邪引いたまま死ぬってどうですかね」容赦のない絵里子の突っ込み。
「だいじょぶだいじょぶ。仕事仕事」
僕は意識をパソコンに集中する。これを片付けない限り由香に会うこともできない。ともかくスピード優先。

パワーポイントにグラフィックやコピーを取り込んでレイアウトしていく。マーケットの現状やお客様の声など訴求ポイントにタイトル付けして並べ、ストーリー化する。いつもやっている仕事なので手は勝手に動いて作業が進行していく。分量があるので後は時間との戦い。項目毎に印刷をかけ絵里子がチェック。これもいつもの連携プレーだ。ちょっとした誤字脱字などを絵里子が赤ペンで修正し、同時並行で直していく。
「小西さん、ちょっと荒くないですか。悪くはないですけど緻密さに欠けるような」厳しい絵里子の指摘。
「だいじょぶだって。課長だって明日のプレゼンがないのはわかってるんだからそんな細かいこと言わないよ。それよりスピード優先。ほら、どんどん印刷するからチェックよろしく!」

だんだん調子に乗って来た僕はトップスピードでプレゼン資料を仕上げて行く。頭が考えなくても言葉が湧き出て勝手に手が動く。マラソンのランナーズハイみたいな神がかり的興奮状態。エンドルフィンが頭に充満してる感じだ。それでも分量が多く3時を過ぎてもまだ8割の達成度。よーし最後の追い込み。5時には絶対上げるぞ~!僕の勢いに押され絵里子も必死の形相でプリントされたプレゼン資料をチェックしていく。物も言わずひたすら作業を続ける僕と絵里子。そして4時50分、遂に完成した。

「よーしできた!小杉さん人数分コピーお願い。みなさーん、5時からミーティングしま~す。B会議室にお願いしま~す」
チームメンバーに声をかける。桑田課長の前につかつかと進み、
「課長も最終チェックお願いします。摸擬プレゼンやりますんで」
と言うと、課長はパソコンから顔を上げ、ん、と頷き立ち上がった。
5時からプレゼン30分やって6時までには会社を出て、ドトールでYouTubeを開き、笹部みはるのJOYを探してハモり練習。7時に八重洲のコーラスに余裕で登場、と、これからのスケジュールが頭の中で明確に描ける。よっしゃ!できた!パソコンを持って意気揚々とB会議室に向かう。プロジェクターにつないで準備完了。
「小杉さん資料配って」絵里子がてきぱきと8人のメンバーに資料を配布。
「じゃぁPC操作をお願い」セットしたPCの前に絵里子を座らせ、僕は会議室前方のプレゼン位置に立つ。白い壁面にプロジェクターからタイトルが投影される。
「山田技研様新商品キャンペーンに関するご提案」
 僕は大きく息を吸い込んだ。これは最後のプレゼンだ。創業58年。小さいながらも業界での地位を築き、マーケットで大手と凌ぎを削ってきた日本橋広告社の最終最後のプレゼンは、今僕がその役割を担うんだ。使命感が溢れ気合が入る。
「それでは、不肖小西博志が模擬プレゼンを行います」
 声高らかに宣言しいよいよ開始。由香、待っててくれよ。ビシっとやっつけてハモり練習もバシっとやって本番完璧にキメてやるからさ!


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主な登場人物
小西博志:主人公。広告代理店勤務のサラリーマン。
桜井由香:博志の彼女。商社勤務。
桑田課長:博志の上司。あだ名は瞬間湯沸かし器。
村上:博志の同僚。同期。
黒田:博志の同僚。同期。
小杉絵里子:博志の同僚。ペアを組んでいる。