2016年9月28日水曜日

9.最後のランチ1

 会社のある日本橋室町はランチの宝庫だ。老舗からチェーン店まで何でもござれ。しかし混んでいるのが難点。比較的空いている蕎麦屋に入った。村上はかつ丼そばセット、黒田は冷やしたぬきそば大盛り、僕はきつねそばとミニ天丼のセットを注文。おしぼりで顔を拭く。
「しかしホントに今日で終わりかね」と言うと、村上が諦め顔で
「ホントらしいねぇ」と言う。
「しかしホントにこの時が来るとすることないもんだね」黒田が渋い顔で言った。
「そうなんだよ。自分だけが死ぬんだったらさ、いろんな人に挨拶したり言い残したり、親兄弟とか彼女とかに会って涙ながらに話すんだろうけどさ。全員いっぺんにだからな。不思議なもんでみんなそんな風に思うんだろうな。世界は全然普通にいつもと同じに動いてる感じだよな」
村上も冷静に言う。
なるほどなぁと思う。自分だけが死ぬわけじゃなく、世界が全部同時に終わってしまうなら、最後に何をするってこともないのかもな。
「でも若干タイムラグがあってさ」村上が言う。
「どういうことだよ」と訊いてみると、
「俺さ、午前中時間があったから詳しくネットで調べてみたんだよ。そしたら小惑星が向かってるのは太平洋沖の日本近海らしいんだ。直径370kmの惑星が時速3万kmで突っ込んで来る。これが落ちると日本は一瞬で焼き尽くされるらしい。惑星が融解してマグマ状になって地球に衝突すると地殻がめくれ上がって円形に広がって巨大なクレーターみたいになる。そしてこのクレーターみたいなとこから惑星がどろどろに溶けて流れ出して地球上に広がる。丸一日で地球は滅亡ってわけだ」
丸一日で世界のすべてが焼き尽くされるのか・・・。
「地下はどうだ。シェルターとか」村上に訊いてみる。
「流れ出すマグマは1500度から5000度の高熱と言われていて、すべてが焼き尽くされる。地下のシェルターだって人間が生きれるような温度じゃないって。海も同じだ。海水もすべて蒸発するらしい」
「それは公式な発表なのか?」黒田の問いに村上は頷く。
「アメリカ大統領が午前中に演説をぶっている。静かに時を過ごそうって」
「しかしさ、何で今頃発表するのかね。もっと早くわかってたんだろ?」
僕が訊くと、村上はアメリカ人みたいなOh!No的な仕草で、
「勿論わかっていたさ。NASAでは1年前くらいに掴んでいたらしい。でも、手立てがなかったんだ。1年後に地球が終わります、ってアナウンスしたら何が起きる?ただの混乱だよな。時間がありすぎるのは混乱しか生み出さないだろ。だから徹底的に隠したんだろうな」と言って微笑んだ。
「賢明な選択ってやつだ」
賢明な選択か。なるほどね。
もし、何か逃げ延びる方法があるのなら世界は大混乱となるだろう。金持ちや権力者が我先にと逃げ出し、暴動や殺し合いが頻発してもおかしくない。しかしまったく誰一人逃げることが不可能なら確かに心静かに過ごすしかないのかもしれない。


0 件のコメント:

コメントを投稿

主な登場人物
小西博志:主人公。広告代理店勤務のサラリーマン。
桜井由香:博志の彼女。商社勤務。
桑田課長:博志の上司。あだ名は瞬間湯沸かし器。
村上:博志の同僚。同期。
黒田:博志の同僚。同期。
小杉絵里子:博志の同僚。ペアを組んでいる。