2016年9月29日木曜日

10.最後のランチ2

今年に入って世界は混沌として来ていた。
東欧で起きた領土問題をきっかけに、ロシアが軍事介入の機会を狙い、米欧は阻止に動いて激しい舌戦や挑発が繰り返されていた。中東の問題に出口が見えない中、核兵器が北朝鮮からテロリストに流失したという情報がハッカー集団から流れ世界を震撼させた。北朝鮮は肯定も否定もせず、狂ったようにミサイル発射実験と核実験を繰り返しており、緊張感がかつてないほど高まっていた。
1962年のキューバ危機以来の核戦争の可能性も叫ばれていたが、日本は相変わらず平和であり、また人間はそれほどまでにバカではないだろう、という楽観論が主流だった。
 そのような状況だっただけに今回の唐突な世界の終りの発表には違和感もあった。何故1年も前からわかっていたのに、米露はこんなにいがみあっていたのか・・・。

お店のお母さんが食事を運んで来たので話は一時中断。そう言えば朝からバタバタしてて何にも食べてなかったんだった。口にするときつねそばの鰹だしが染み渡る。美味い・・・。ミニ天丼もご飯の粒が立っていてサクサクの天ぷらとのコンビネーションが素晴らしい。
この店っていつもこんなに美味かったかしらね。最後のランチだからかな。ふと感傷的になる。外出が無い日はここ数年毎日このメンバーで昼飯を食べていた。

沈着冷静で黒ぶち眼鏡が理知的な村上と、身体ががっちりしてガッツのある体育会系の黒田、そして真面目で一生懸命だが時としてとんでもないことを仕出かす僕の三人は、同期で尚且つ同じ営業職ということもあり会社では仲が良いので有名だった。陰では三バカトリオなどと呼ばれてはいたが、全員成績を挙げており一目置かれる存在だった。
でもさぁ、苦しい時にも村上と黒田とのこのランチが息抜きになって、何とか気持ちを立て直したことも随分あったよなぁ。思い出していたら鼻の中がツンとしてきて、視界が歪んだ。
「何だ小西、泣いてんのか?」村上がひやかす。
「ばかやろう、泣くわけないだろ!わさびが沁みただけだ」
 ギャグで返したつもりが、涙がぽろっとこぼれてしまった。
「ばーか、どこにわさびが入ってんだよ」
黒田がからかうが、どこかしんみりしている。
それから僕たちは黙ってそれぞれの最期のランチを食べ、お茶を飲み、会計をしてのれんをくぐった。
「毎度ありがとうございました。またお願いします」
いつもと変わらぬお母さんの声に、また目頭を熱くする。またお願いします、か・・・。

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主な登場人物
小西博志:主人公。広告代理店勤務のサラリーマン。
桜井由香:博志の彼女。商社勤務。
桑田課長:博志の上司。あだ名は瞬間湯沸かし器。
村上:博志の同僚。同期。
黒田:博志の同僚。同期。
小杉絵里子:博志の同僚。ペアを組んでいる。