「いてぇな!こらぁ!」
誰かが足を踏んだらしい。こんな風景も今日で見治めか。東京の異常と言えるこんな日常も、今日で終わりとなると何だか愛おしくも思えて来る。電車に揺られ押したり押されたりしながら考える。この人たちはみんな知っているんだろうか。テレビを見ないで家を出て来た人が大半なんじゃなかろうか。そうじゃなければこんなに落ち着いてられるはずがないよな。
その時運転士の車内放送が響き渡った。
その時運転士の車内放送が響き渡った。
「本日はぁご乗車いただきぃ誠にありがとうぉございます。本日のご出勤がぁ皆様最後のぉご出勤でございます。どうか最後のご退勤もぉ、京浜急行をご利用くださいませ~。最後のぉ瞬間はぁ是非ぃご自宅でぇごゆっくりぃお過ごしぃくださいぃ~」
驚きの声はどこからも上がらない。それどころか、くすっと笑い声が聞こえ、なるほどうまいこと言うな、などという独白も聞こえて来た。車内に和んだ感が充満する。和んでる場合じゃないよな、と思いながら、自分でも何となく口元がほころんでしまう。
最期の瞬間は夜9時か。8時頃の電車に乗らなくちゃな、と思ってみるものの、誰もいない一人暮らしのマンションに帰っても仕方ないと思い直す。僕は今日は誰と何をして過ごすんだろう、と不安になる。普通であれば会社にいる時間だ。
最近は新しいプロジェクト案件の見積もりやミーティングで会社を出るのはだいたい9時過ぎだから、今日も普通に行けばそんな感じだろう。しかしまさかね。会社で死ぬなんて絶対イヤだ。
今日は火曜日か・・・。そうだ!由香と会う約束してたんだった!由香に会って一緒に死ぬならまだいいな。良くはないけど仕方ないもんな、と考えたら少しましな気分になった。
今日は火曜日か・・・。そうだ!由香と会う約束してたんだった!由香に会って一緒に死ぬならまだいいな。良くはないけど仕方ないもんな、と考えたら少しましな気分になった。
由香とは付き合ってもう3年。結婚の約束をしている。由香が今28だから、来年には籍を入れたいって言われている。やっぱり30前にはね、と由香は笑っていた。その笑顔を思い出し切なくなる。小柄でキュートな笑顔の由香。商社の総合職として頑張って働いてるけど、僕には時々愚痴を言ったり涙ぐんだり、結構苦労してるみたいだ。あー、結婚できなかったな。守ってやれなかったな。申し訳ない。いや、僕のせいって訳じゃないけどさ・・・。
そんなことを考えているうちに日本橋に到着。時計を見ると、ありゃ!9時5分前!僕は慌てふためいて地下通路を全力で走った。
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