2016年10月4日火曜日

13.どうすりゃいいんだ!

 あああああ・・・。へなへなへなとその場に崩れ落ちる僕。四つん這いになって俯くだけの情けないこの感じ。絵里子が泣き出した。
「小西さん、どうするんですか。もう5時半過ぎてるですよ。だから、これじゃ荒いって言ったのに。やり直したら、やり直したら、会社で死ぬことになるじゃない。マキオが待ってるんだよ。マキオに会いたいぃぃぃぃぃ!」
マキオって誰だ。変な名前だな。どういう字を書くのか。混乱する頭が正常な機能を発揮せず、訳のわからない方向に向かう。
「小西、ちょっと聞いてくれ」
 サブリーダーの簗瀬が立ち上がった。
「お前の気持ちもわかる。どうしても時間までに仕上げなければならなかったからな。でも、課長の言い分もわかる。確かにお前のプレゼンはレベル以上だった。この限られた時間の中でここまで持って来たのは神がかり的だと思う。でも最高じゃない。うちの会社が大手に伍してここまでやって来れたのは、常に最高のクオリティを追及して来たからだ。模擬プレゼンがそこに達しない時は、いつも苦しみながらやり直して壁を乗り越えてきたじゃないか。もう一度やるんだ。これこそ日本橋広告社の魂だ!」
 真摯な瞳が僕を見据える。デザイナーの原田が立ち上がって口を開いた。
「簗瀬さんの言う通りだ。俺たちは最後の締めくくりの役を仰せつかったんだ。小西、もう一回チャレンジだ」
 コピーライターのさつきさんは泣いていた。
「小西君、わたしは・・・あなたを・・・信じてるわ・・・」
 くそぅ、やってやる。僕も男だ。そこまで言うならやってやる。
「わかりました。やります。課長を見返してやる!」
「それでこそ小西だ。よし、頑張れ」
 簗瀬が僕を抱え起こし、肩をポンポンと叩く。原田もさつきさんもうんうんと大きく頷いている。
「ところでな・・・」簗瀬が続ける。
「俺さぁ、子供が待ってるからそろそろ帰らなくちゃ、なんだよね。悪いけどお先に」
えぇー?!そんなぁ。僕も、私も、僕も、私も、と蜘蛛の子を散らすように足早に出て行くメンバーたち。
おぇー、ひ、ひどい・・・。残されたのは僕と絵里子。
「わ、私もぉー!」
と叫びながら走りだす絵里子。絵里子、お前もか・・・。
 会議室に一人残され途方に暮れる僕。腕時計を見たら5時55分。ハ、ハモりの練習は・・・。

パソコンを抱えフラフラとフロアに戻ると誰もいない。いや、一人だけ残っている。桑田課長だ。いつものように厳しい顔でパソコンを睨んでいる。どうしたらいいんだ。席に座り考える。
簗瀬には勢いに押されてああ言ってしまったが、もう仕事なんて関係ないじゃないか。どうせみんな今日死ぬんだ。当然由香との約束を優先し、何故歌いながら死ぬのかは別として、今はすべてを投げうって会社を出てカラオケに行くべきだ。当たり前のことだ。何が悲しくて桑田課長と二人っきりで会社で死ななきゃならないんだ。
7時までにプレゼン資料を作り直すのは不可能だ。どんなに頑張っても3時間はかかる。つまり完成はぎりぎり9時・・・。
ふうぅぅぅぅ。僕は深~いため息をつく。人生の岐路。人生はもうそんなにないけど岐路は岐路。行くべきか、行かざるべきか。「失礼しまーす!」と叫び駆け出せばすべては解決する。どうする博志。立ち上がれ。立ち上がってしまえば走りだせる。よし!行くぞ!と腰を浮かせた瞬間に、
「小西ぃぃぃぃ!早くせんかいぃぃぃぃ!」桑田課長が吠えた。はいー!条件反射で答えてしまう僕。
ごめんよ由香。会えないかも知れない。心の中で手を合わせる。理屈じゃないんだ。今の環境とこれまでの経緯や歴史や桑田課長との関係や、いろんなものがごちゃごちゃになって僕を席に縛りつける。
くっそー!やればいいんだろ!開き直った気持ちでパソコンを開けて画面を起動する。プレゼン画面を呼び出し修正を始める。ホントは僕にもわかっている。書き飛ばしたところを丁寧な表現に変え、ストーリーを固めつながりを良くすればいいのだ。しかし原稿は50枚強。そう簡単には進まない。ともかく作業に集中するしかない。

0 件のコメント:

コメントを投稿

主な登場人物
小西博志:主人公。広告代理店勤務のサラリーマン。
桜井由香:博志の彼女。商社勤務。
桑田課長:博志の上司。あだ名は瞬間湯沸かし器。
村上:博志の同僚。同期。
黒田:博志の同僚。同期。
小杉絵里子:博志の同僚。ペアを組んでいる。