2016年10月12日水曜日

18.驚愕の真相

「日本国国民の皆さん、私はこの会見の冒頭で皆さんにお詫びしなくてはなりません。結論から先に申し上げますと、小惑星の衝突による地球の終わり、というのはまったくの虚偽でした」
 えぇぇぇぇぇ~?!衝撃の告白という言葉があるが、それを大きく超えるこの衝撃。思わず腰が浮き上がる。
「小惑星の衝突などという事実は最初から無かったのです。国民の皆さんを騙した形になり慙愧の念に堪えません。しかし、こうするしかなかったのです。私がこれからお話しすることを是非真摯にお聴きいただき、皆さん一人一人が是非本当の意味で本件の事情をご理解いただくことから、世界の再建が始まるのだと思います」
 嘘だった。最初から何もなかった・・・。
 あまりの驚きに言葉も出ない。桑田課長も同じだったようで固唾を飲んで画面に見入っている。
「小惑星の衝突は虚偽でしたが、世界が人類始まって以来の危機を迎えていたのは事実です。1か月ほど前から核戦争が起こることが現実となろうとしていました。もういつ核ミサイルの発射ボタンが押されてもおかしくない状況だったのです。そしてそれは最終決定者である一国の大統領や首相といった人たちにも、もう止めることができない最終局面だったのです。国のパワーバランスは多くの勢力の思惑が複雑に入り組んでいます。核のボタンを押すことは勿論愚かなことですが、押さないことで自国が存在意義を失い一国が終焉を迎えるリスクを国のリーダーが選べない場合もあります。まさに1か月前はそういう状況にありました。一人が核のボタンを押せば、他国のリーダーも押さざるを得ないのです。そしてそれは実質的に世界の終焉を意味します。世界中に核爆弾は25,000発以上存在します。そのうちの100発が地球のどこかに落ちただけでも、その煙は地球を覆いつくし、日光を遮断し植物が枯れ果てるのをご存知でしょうか?地球の滅亡はもはや不可避の状況だったのです。そこで主要国の代表者による昼夜を問わずのWEBを使った論議が続けられました。その結果、どうせ核戦争で世界が終焉を迎えるのなら、最後に人類の本質について全世界の人たちが考えるべきではないか、との意見が出され最終的に全員が賛同しました。それが今回の『完全なる世界の終りの体験』です。国民の皆さんは地球最後の日を迎え何を思ったでしょうか。絶望でしょうか。恐怖でしょうか。まったく希望のない完全な終わりという状況の中、皆さんの胸に押し寄せた感情は何でしょう」
 矢部首相はコップの水を一口飲み千し、目に力を込めて続けた。
「多くの人が感じたのは愛ではなかったのでしょうか。ご家族や恋人やご友人や会社のご同僚や、野山や海や風や、生きとし生けるものすべて、そしてこの世界で目に見えるものすべてに対する愛や哀惜の念だったのではないでしょうか。核戦争で終わるべき世界を疑似体験していただき、この地球がいかにかけがえのないものであるかを全世界の人たちに感じていただき、私利私欲を捨て新しい価値観のもと新しい世界を創るために私たちは立ち上ったのです。国民の皆さん、世界は生まれ変わりました。そしてこの新しい価値観のもと、領土問題、民族問題、宗教問題など我々が抱えているすべての解決不可能と思われていた課題にもう一度取組む時が来たのです」
 矢部首相は泣いていた。大粒の涙がぼろぼろと零れたが、言葉は淀みなく続き僕の胸を打った。僕も泣けてきた。桑田課長も嗚咽を漏らし、両手で顔を覆った。
「日本国国民の皆さん、わが日本国は今後の新しい世界の平和と安定に重要な役割を果たします。どうか私と一緒に新しい価値観の創造、新しい世界の創造に力を貸してください。地球最期の日はいつか来るのかもしれません。その日が来ても私たちは混乱することなく、静かで愛に溢れる終焉を迎えられることを理解しました。しかし、私たち人間がそのような原因を作ることだけは絶対にあってはならないのです。皆さんに結果的に虚偽の情報をお知らせしたことについては伏してお詫び申し上げます。皆さんのご理解をお願いいたします」
 矢部首相は深々と頭を下げ、しばらく頭を上げることはなかった。

 僕も頭を垂れこれまでの経緯に思いを巡らした。核戦争による世界の終り。回避のために必死に論議する世界のトップたち。信じられないような突飛な意見が誰かから出され、それが何と承認されていく、という場面が映画のシーンのダイジェストのように浮かんで来た。それは今までのどんな世界の危機よりも、回避が難しかったのだろう。そして今回の体験はきっと全世界の人々の中に新しい価値観を創るきっかけとなって、今までの最悪の流れを大きく変えることができるはずだ。
 桑田課長がリモコンを取り上げプチっとテレビを消した。立ち上がり右手を出して握手を求める。
「小西、明日からもよろしくな。まだ火曜日だ」
 いたずらっぽく笑う桑田課長。僕の心もめちゃくちゃ温かくなる。   叫び出したいほどの喜び。両手で課長の手を握り締めた。
「これからもビシビシ鍛えてください。課長について行きますから」
調子に乗りやがって~と笑う桑田課長。僕もでへへへへとだらしなく笑ってしまう。

※小説主題歌「地球最期の日」はこちら(音声のみです)


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主な登場人物
小西博志:主人公。広告代理店勤務のサラリーマン。
桜井由香:博志の彼女。商社勤務。
桑田課長:博志の上司。あだ名は瞬間湯沸かし器。
村上:博志の同僚。同期。
黒田:博志の同僚。同期。
小杉絵里子:博志の同僚。ペアを組んでいる。